「アユタヤ日本人町の決闘」


村上禎一郎 著、
2004年2月、新風舎
ISBN4-7974-3889-4

 

 

本書は、「アユタヤ日本人町の決闘」とタイトルは付けられているものの、日本品非買運動、日貨商品排斥運動が高まる1974年から1975年、タイ中部のサラブリ県ケンコイの日系合弁工場で繰り広げられる激しい労使紛争が主たる舞台となっている。ケンコイという地名はあまり知られていないかもしれないが、アユタヤ県の隣のサラブリ県にあり、県庁所在地のサラブリ市の隣で、バンコクからコラートに向かうところだ。

本社が名古屋で主工場が大垣にある日南紡績のタイ国合弁会社ケンコイ・テキスタイル・リミテッドの若き副工場長として労働争議に立ち向かうのが、本書の主人公・山田長良。1974年、東京の私立大学を卒業後、祖父の紹介で、タイに紡績工業を持ち海外事業を積極的に進めている日南紡績に採用される。最初は日南紡績大垣工場に配属され現場実習の後、同年秋タイに赴任する。

血気盛んな若者であった山田長良は、名門私立高校の寮に住みながら16歳で近郊の不良少年を集めて天城山愚連隊を組織しそのリーダーになっていたが、ある日、山田長政の第11代目の子孫と称し伊豆山中で禅僧をしている祖父・山田長源から、山田長政が1626年(寛永3年)シャム(タイ)から郷里・駿府の浅間神社に奉納したとされる戦艦図絵馬を見せられるとともに、山田長政が辿った波乱に満ちた生涯についての長い物語を聞き、鮮烈なショックを受ける。その後、祖父の手配でタイからの留学生スラチャイと高校、大学と、勉学や生活を共にすることになるが、タイに渡り、日・タイの貿易促進を図り、両国を発展させて、アジアの真のリーダーに成長させてゆきたい、そうすることが先祖、山田長政・長則の遺志を継ぐことになると信じていった。

山田長良がスラチャイとともに入社した日南紡績のタイ国合弁会社ケンコイテキスタイルでは、日南紡績から出向扱いで工場長として送り込まれていた日本人に対する現地従業員たちのボイコット運動が1974年9月に発生。日南紡績の馬渡社長自らがタイに乗り込み労使交渉の指揮をとることになり、1974年10月、山田長良も社長の護衛として、スラチャイ、大垣工場労務部長、50名の男女タイ研修生とともに馬渡社長に随行してタイに入国する。

日本人幹部が工場内に拘束され激しい労使交渉が続けられたが、タイ首都圏方面司令の調停により、ケンコイテキスタイル工場の労働争議はひとまず終結。馬渡社長は新工場長を補佐する役として山田長良に副工場長を任ずる。しかしこれで事件は終わらず、労使の激しい闘いはその後ますます激化していく・・・。もちろん、本書はフィクションであり、登場する個人、団体は、実在するものとは関係ないが、サラブリ県ケンコイ郡で操業していた日系工場サラブリ・ジュート・ミルで1974年から75年にかけて実際に起こった事件をモデルにしていることは、巻末の参考文献に、同事件を取り上げた『ソウルの冬バンコクの夏 -アジア特派員覚書』(猪狩章著、柘植書房)が挙げられていることからも間違いない。

尚、本書のタイでの主な舞台は、サラブリ県ケンコイであるが、本書タイトルにアユタヤ日本人町の決闘とあるのは、山田長政の末裔と自任する山田長良と、ゲリラ崩れの革命家で労使紛争で山田長良と闘ってきたナロン・カラホームとの因縁の対決が、因縁の場所であるアユタヤで最後の壮絶な死闘が繰り広げられるからだ。このナロンの姓に隠された意味があるが、本書ではまた、彼は、ラオス民族解放勢力の愛国戦線に居た山岳民族カー族出身で、メコン河を渡ってタイに潜入し身許を隠してケンコイスタイルの一職工としてもぐりこみ労働運動のリーダーとなっているという設定だ。また山田長良が物心ついた頃には故あって妻子を捨てていた父親、山田長友は、アユタヤ朝を滅ぼしたビルマ軍を追い払ったタクシンのゆかりの地であるラヨーンでゴム園を経営していて山田長良と再会を果たすが、ストーリー展開の終末で意外な関りを担っている。

本書の目次

第1章 英雄の末裔
1.禅寺   2.山田長政    3.絵馬    4.狂気の血  5.天城山  6.更生
第2章 海外合弁企業
7.存在感  8.研修生  9.労使紛争   10.ひとひらの花弁
第3章 労働争議
11.指導者  12.兆候  13.軟禁  14.調停  15.遺跡に立つ  16.司令の軍靴  17.知事の葉巻  18.寺参り  19.テロ  20.再会  21.理不尽  22.経営悪化 23.赤い野牛  24.底無し沼
第4章 夢のあとさき
25.ヤマネコスト  26.篭城  27.監禁  28.破れた夢  29.決闘  30.潮騒

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