「グリンベレーの挽歌」

《単行本》
柘植久慶 著
集英社、1986年12月
ISBN4-08-775094-9

 

 

《文庫版》
柘植久慶 著
集英社文庫、1990年3月
ISBN4-08-749539-6

 

 

本書の著者・柘植久慶氏は、慶応大学に入学して、大学1年生の夏休み(1961年)に、傭兵部隊に身を投じ、カタンガ傭兵隊の一員としてコンゴ動乱に参加。その後、フランス外人部隊の格闘技教官、ラオス王国政府軍の格闘技教官を経たのち、史上最強の戦闘集団といわれるアメリカ陸軍特殊部隊<グリンベレー>の大尉としてスカウトされ、インドシナを転戦する。このような希有な体験を生かし、作家、軍事ジャーナリストとして活躍している柘植久慶氏であるが、本書もグリーンベレー大尉の日本人が主人公で、主な舞台がインドシナ戦争時のベトナム、ラオスという、著者の実体験をもとに描かれる国際冒険小説の一つだ。

柘植久慶氏は、ノンフィクション『ザ・グリンベレー』で作家デビューし、作家活動もノンフィクションとルポルタージュから、小説も冒険小説からミステリー、時代小説と幅広いが、初めての小説が、1986年4月に発表された『女王の身代金』。この小説『女王の身代金』の主人公・蜂田迅が、1973年にグリーンベレーを退役してヴェトナムから帰国しその後12年が経った後の話で企業傭兵として活躍しだすものであるが、蜂田迅が登場する作品が、柘植久慶氏の小説のシリーズの一つになっている。本書『グリーンベレーの挽歌』もその蜂田迅シリーズの一つで、蜂田迅がグリーンベレー大尉としてインドシナ戦線で活躍する時代の話が中心だ。

グリーンベレー大尉・蜂田迅は、ベトナム中南部の山地にありブレイクの町から50マイルの距離にあり度々ヴェトコンと北ヴェトナム正規軍に攻撃されていたプレイベン基地防衛に乗り込む。敵部隊を追跡し集結地を突き止め反撃を加えた作戦や、ラオス国境地帯でホーチミントレイル爆撃中、撃墜されたファントムの操縦士救出作戦など、持ち前の勇猛果敢さで数々の武勲をたてる。特殊部隊には、武器担当、破壊担当、医療担当、通信担当、諜報担当と、いろんなスペシャリストが揃っているが、蜂田迅の特殊部隊Aテームにも、武器担当のフランス系軍曹、破壊担当のドイツ系軍曹、通信担当のチェコスロヴァキア系軍曹、爆発物担当のポーランド系軍曹といった具合に人種も様々だ。

が、ある日、特殊部隊大隊の司令官グランヴィル大佐から、米軍兵士がヘロインに汚染されていることを教えられる。どうやら、その密輸ルートはラオス航空の貨物便にあるらしい。ビエンホア基地のアメリカ空軍情報部の話では、月初めに必ず一回、ヴィエンチャンを出てパクセを経由してビヘンホアという航路をとるラオス航空の貨物便がブレイク上空あたりで、飛行コースを少し外していた。大佐の要請で蜂田は、フリーランスのカメラマンという民間人としてラオスに入国することになる。こうして本書の舞台に、ベトナム戦争時のベトナムだけでなく、革命前のラオスも登場してくる。著者自らがラオスのフエサイで見たヘロインの密造現場の話も詳しく書かれている(この話は同じ著者によるルポルタージュ『麻薬ロードをゆく』にも書かれている)。利権、軍票の不正使用、麻薬など、援助軍司令部(MACV)に巣食う下士官の不正についても触れられている。

本書途中で、サイゴンにある特殊部隊連絡部のロビーに置かれたテレビの画面が、パリ和平会談を終えて会場から出てくる、キッシンジャー博士の姿を映し出す場面がある。テレビを観ていたあるアメリカ人将校が「譲歩するなよ!」と呟くと、鉢田との間に会話が始まり、以下のような鉢田の発言が飛び出してくる。 「だがキシンジャー博士は秘密主義だ。自分の業績のためならモスクワや北京とも直接交渉するだろう」 「となると我々が命がけで戦っていることが、何ら意味を持たなくなるわけだ。この和平会談は・・・」 「(一連の彼の動きからして)インドシナを売ってアメリカの面子を保とうとする、そんなように私には見受けられましたが」 「(もし我々が撤退したら)、2年か3年以内にこの共和国は消滅するでしょうな。1年以内に仕掛けるほど北の連中も図々しくない。それに弾薬などの備蓄もある。だが2年以上動かずにいるほど、奴らも愚図じゃない。2年から3年経てば兵器も老朽化するし、弾薬や燃料の不足をきたすでしょう。」 「(ドミノ理論については)国民の信望厚い王制と強力な軍隊を持つタイはひっくり返らんでしょう。だが、ラオスとカンボジアは向こう側へいってしまう」 「(キッシンジャー博士については)アメリカに生まれていない人物がいかに国家安全保障会議の顧問とはいえ、アメリカの外交を託されている。しかも秘密裡に行動していることを、誰も矛盾に思いませんか?」と。これが本書後半で展開するパリでのキッシンジャー暗殺計画に鉢田が関与していくきっかけとなる。

鉢田迅と、ベトナム在住の華僑の娘・楊麗花との関係がどう展開するかも気になるところだ。チョロンで偶然再会した麗花が見た夢について語る場面がある。「本当に素敵な夢・・・私がヨーロッパで暮らしていたの。サイゴンのカトリック寺院に似た寺院があって。だけど2つある尖塔が、夢のなかでは一つ尖った部分がなかったわ」 このセリフも後で意味を持ってくる。フランス北東部のドイツとの国境の町ストラスブールのノートルダム大聖堂だ。やはり国境の町はどこでも独特な雰囲気をかもし出しており、この町でのシーンも印象的だ。本書での話は最後の方になって時期も1972年から1983年に移り、場面もアメリカに移り、もうひと波乱あることになる。この間、グリーンベレーを退役した鉢田に何が起こったかとか、特殊部隊の部下たちの消息が語られ、企業傭兵として活躍する柘植久慶氏の”鉢田迅”シリーズが生まれる経緯について述べられている。

本書の目次
プロローグ
1. プレイベン基地
2. 反撃
3. 華僑の少女
4. 操縦士救出作戦
5. 銀星勲章
6. 新月の夜
7. ラオス航空貨物便
8. ヘロイン密輸ルート
9. パクセ近郊の待伏せ
10. 再会
11. 投下地点はどこだ
12. 南ヴェトナム政府軍の少佐
13. キシンジャー暗殺計画
14. エジプト製RPG-7
15. ストラスブール
16. サハラ・ホテル -ラスヴェガス
17. 組織の復讐
エピローグ

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