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第4信 挨拶にまつわる私の失敗談
(2002年8月号掲載)
2002年7月2日
国連ボランティア 地下水開発エンジニア
村山明雄
皆さんお元気ですか。
ポンサワンは毎日雨が降っています。
本当によく降ります。
いつも思っていたこと書いてみました。
皆さんの感想聞かせてくれたらいいですね。
私の大失敗
シェンクアンに来てまだ1ヶ月位だったか。市場を歩いていたら、ポンサワンの市場の正面にあるいつも愛想のいいお姉ちゃんのいる文房具屋からいきなり痩せた男が飛び出して来てパクセ弁で「オー何買うんだ」とからんできた。シェンクアンは北のアクセントでラオス南部のようなきつい言い方ではない。
これは南部のパクセから来た不良がからんできたと思ってそのまま無視して歩いていった。それからしばらくし何日かしてまた、その文房具屋の前を通りかかったら例の男が出てきて、例の南部のおっかないアクセントでまた絡んできたので、これも無視して逃げてきた。
その文房具屋は愛想がよくて「アイ・スーニャン?」(御兄さん何買いますか?)なんて甘い声で言われると思わず何も買いたいものがないのに買ってしまう。
その後、事務所でその話しをコーディネーターのラオス人の同僚に話したらなんとそのおっかない男は、私と同じプロジェクトの監査主任だったのである。そして愛想のいい姉ちゃんは彼の奥さんだったのである。そして私は以前一度、彼と現場の竣工検査に行く時同じ車に同乗していたのである。
彼からみたら、一緒に現場に行ったことのある日本人のボランティアだからよく覚えている。町で彼の嫁さんがやっている文房具屋にその日本人が通りかかったのだから、がらは悪いが声をかけたのは当然である。(これはラオスでは当然のマナーである)それを2回も無視してして通り過ぎたものだから、彼は非常に気分を害した。その次に、彼は職場の私の部屋に用事があって来た。その時に私の同僚であるコーディネーターに「明雄はキクイだ」と罵った。このラオス語のキクイは、「お高くとまっている」「プライドが高くて下の人には目もかけない」という意味である。
実際、その竣工検査の後、ラオラオを飲まされて正体不明になって彼の顔はよく覚えていなかったのである。そしてまさかあの愛想のいい姉ちゃんの旦那とは思ってもみなかったのである。その時私はとにかく一生懸命弁解して謝った。その後2週間くらいして偶然に食堂で会った。彼は職場の同僚を連れて昼真から酒を飲んでいた。そして酒をすすめてくれた。この酒は断れない。酒を一緒に飲んで、正体不明になるまで飲んで仲良くなった。過去の事はボーペンニャンになった。私は泥酔して気がついたら自分の家のベットの上であった。そして人間関係が壊れなくて良かったと思った。
やはり人が挨拶しているのに無視してはいけない。どこであったか忘れた人に対してでも向こうから声をかけてくれたら、きちんと挨拶しなくてはいけないと思った。ラオスの場合は知らない人が声をかけてきて騙したり、どこかに誘拐するということはほとんど100%ないといってもいいと思う。したがってこちらが忘れていても向こうから声をかけてくれば、これは以前にどこかであった人である。途上国を旅行する場合は知らない人を信用するな、などということが頭の中にインプットされているのであろう。そういう人がラオスに来ると戸惑うかもしれない。
次にラオス人の挨拶である。ワイをすることはタイ人ほどではないが、もしワイをされたらこちらもすぐにワイをすること。これも私の失敗談である。パーティーに行ったときのことである。タイ人でラオス人と結婚した人にワイをされたのだが、日本人的にちょっと首を下げただけですませた。それを見ていた妻に後で怒られた。こういった場合はちゃんとワイをしかえさなければいけないとのこと。
日本人的にちょっと首を下げた位ではちゃんと挨拶したことにはならない。妻としては夫のマナーが悪いと自分もつらいので注意してくれたのだ。ただ日本人でもこのことがわかってない人が多いと思う。適当に日本風にちょっと頭を下げるだけで終わらしてはいけない。以前、神奈川県にあるインドシナ難民の定住センターで働いていたことがある。やめた後(正確にいえば首になったあと)久しぶりにセンターに遊びに行った時のことである。
会ったこともないカンボジア人が「こんにちは」というので、私に言ってるのではなくて他の人かなと思ってやり過ごしていた。するとそのカンボジア人を雇っている会社の社長さんが「貴方はカンボジア人が挨拶しているのに、何で挨拶できないのか」と怒られた。そして「どこの人間だ」といわれたので、「以前定住センターで非常勤で働いていました」と答えるとまた怒られた。「センターで働いたことのある人ならなおさらだ、遠くインドシナから難民で来て日本に慣れようと思って、日本語で挨拶しているのにそれを無視するなんてなんたることだ」何も言い返す言葉がなかった。
というわけでセンターの件は20年以上の前だけど、私はあれから人間的にも全然成長していないのかもしれない。また会った人もあまりよく覚えていなくて、去年、日本人の女性にすでに3回も会っていたのに初めましてなんて言って怒られた。ごめんなさい。
ラオスの場合は向こうは外人で日本人だから覚えているけれどこっちは覚えていないケースが多い。12年ラオスにいるがこのごろやっとこういうケースの対応の仕方がわかってきた。やはり異文化に慣れるのは最低でも10年は必要である。
これだけ自分の恥を書いたのだから、今度は他人のことも書こう。協力隊でラオスの土質試験室にいたときのことである。日本人のエンジニアが来た。ちょうど彼が私のラオス人の上司と英語で話ししていたところを私が通りかかったので、上司が英語で彼に私のことを紹介した。紹介されたので私は日本語で挨拶したのだが、当のエンジニア氏は返事もしてくれない。私は非常に不愉快だった。
その後、エンジニア氏は私が日本人であることに気がついて、謝りに来た。その時に言ったのが「ラオス人だと思ったので」というとラオス人が挨拶しているのなら無視していいのかな、と思いまた腹が立った。それとラオス人だと思って「サバイディー」って挨拶したら日本人だったので「ごめんなさい」なんて謝る人がいるのもおかしいと思う。なんかラオス人を馬鹿にしているような気がしいているように思う。
色々書いたが本当に挨拶って簡単なようで一番難しいと思う。娘にはお父さんみたいにならないで、どこでも人に会ったらきちんと挨拶のできる人間になってもらいたいと思っている。学校の勉強も大事だけどこのほうがもっと大切な気がする。
それでは皆様お元気で。
(C)村山明雄 2002- All rights reserved.
村山明雄さん(むらやま・あきお)
(桜ちゃんのパパ、ラオス華僑と結婚した日本人)
シェンクアン県ポンサワンで、地下水開発エンジニアとして、国連関連の仕事に従事。<連載開始時>
奥さんが、ラオス生まれの客家とベトナム人のハーフ
地下水開発エンジニア (電気探査・地表踏査・ 揚水試験・電気検層・ 水質検査)
ラオス語通訳・翻訳、 エッセイスト、経済コンサルタント、エスペランティスト、無形文化財上総掘り井戸掘り師
著作「楽しくて為になるラオス語」サクラ出版、翻訳「おいしい水の探求」小島貞男著、「新水質の常識」小島貞男著